――就職の仕方は教わるのに、自分で仕事を作る方法は教わらない不思議
私たちは子どもの頃から、将来は何の仕事に就きたいのかと尋ねられて育つ。
医者、教師、公務員、会社員。
職業の種類はたくさん教えてもらえるし、学校でも進学や就職のための指導は行われる。
ところが、不思議なことに、こんな質問をされる機会はほとんどない。
「あなたは自分一人で、どうやって毎月5万円を稼ぎますか?」
あるいは、
「会社に雇われず、毎月10万円の収入を作るにはどうすればいいでしょう?」
これも立派な社会勉強のはずなのに、学校で体系的に学ぶ機会は驚くほど少ない。
私は、こうした授業があってもいいのではないかと思っている。
しかも、起業家を育成するための特別な授業ではない。誰もが学んでおいて損のない、ごく普通の生活に役立つ教育として、だ。
会社に雇われることしか知らないのは、もったいない
例えば、子どもの頃から外食といえばお子様ランチしか食べたことがない人がいたとする。
世の中には寿司もあれば、ラーメンも、フランス料理も、定食屋もある。
しかし、それらを見たことも食べたこともなければ、将来何を食べたいかと聞かれても、知っている料理の中から選ぶしかない。
働き方も、それと少し似ているのではないだろうか。
学校を卒業したら企業に応募する。採用されたら、会社から与えられた仕事をして給料をもらう。
もちろん、それは立派な働き方だ。
しかし、自分で商品を作って売る、誰かの困りごとを解決して報酬をもらう、文章を書いて収益につなげる、小さなサービスを運営する、といった選択肢を知らないまま社会に出るのは、少々もったいない。
会社員になることが問題なのではない。会社員になる以外の選択肢を、ほとんど知らないことが問題なのだ。
起業は特殊な才能を持つ人だけのものなのか
「自分で稼ぐ」と聞くと、起業や経営という言葉を思い浮かべる人も多いだろう。
そして、途端にハードルが高くなる。
経理ができなければいけない。営業も、マーケティングも、法律も、税金も理解しなければいけない。
資本金を用意して、会社を設立して、立派な事業計画書を作る。
そんなイメージがあるから、起業とは一部の優秀な人だけが挑戦するものだと思われがちだ。
しかし、最初から会社を設立する必要はない。
例えば、パソコンの設定で困っている人を手伝う。文章の校正を引き受ける。Excelの表を整理する。小さな店舗のホームページを作る。
自分ができることを、必要としている人に提供して、その対価を受け取る。
これも立派な商売である。
最初の売上が3,000円でも5,000円でも構わない。
大切なのは、誰かに採用してもらうのではなく、自分で相手を探し、価値を提供し、報酬を得るという経験を積むことだ。
この経験は、会社から給料を受け取るだけでは学びにくい。
月5万円を稼ぐには、何をすればいいのか
では、これを実際の授業にするとしたら、どんな内容になるだろう。
最初の課題は、こんなものがいいと思う。
「あなたが自由に使える時間と、今持っている能力だけで、毎月5万円の利益を生み出す方法を考えてください」
ここで重要なのは、いきなり月100万円を目指さないことだ。
5万円なら、具体的な数字に分解して考えられる。
例えば、経費をいったん考えない売上の計算なら、次のようになる。
| 商品・サービスの単価 | 月5万円に必要な販売数 |
|---|---|
| 1,000円 | 50件 |
| 2,500円 | 20件 |
| 5,000円 | 10件 |
| 10,000円 | 5件 |
| 25,000円 | 2件 |
これだけでも、物事の見方が少し変わってくる。
5万円という金額を一つの大きな壁として考えるのではなく、5,000円を10回受け取る方法はないだろうか、と考え始めるからだ。
もちろん売上が5万円あっても、材料費や販売手数料などがかかれば、手元に残る利益はそれより少なくなる。
さらに税金や作業時間も無視できない。
それでも、こうして数字を分解することには意味がある。
漠然と「お金を稼ぎたい」と思うことと、「5,000円のサービスを毎月10人に提供する」と考えることでは、具体性がまるで違う。
第一の実習:自分が売れるものを探す
授業の最初に行うのは、自分の得意なことを書き出す作業だ。
ここで、特別な資格や高度な専門知識は必ずしも必要ない。
例えば、文章を書くのが苦にならない人なら、商品説明文の作成や記事の校正が考えられる。
写真が好きなら、商品撮影や画像編集ができるかもしれない。
パソコン操作に慣れているなら、資料作成やデータ整理を請け負えるだろう。
あるいは、古い家具や不用品をきれいにして販売する方法もある。
重要なのは、本人にとって当たり前のことが、別の誰かにとっては助けになる場合があるということだ。
ただし、自分が得意だからといって、必ず売れるわけではない。
そこで次の質問が必要になる。
「それを、お金を払ってまで必要としている人はいるだろうか?」
商売とは、単に得意なことを披露する行為ではない。
誰かの面倒な作業を減らしたり、時間を節約したり、困りごとを解決したりすることに価値が生まれる。
この仕組みを体験的に理解するだけでも、大きな学びになる。
第二の実習:最初の1,000円を自分で稼ぐ
次の課題は、実際に小さな商品やサービスを作って売ってみることだ。
目標は月5万円ではなく、まず1,000円。
クラウドソーシングを利用してもいいし、自作の商品を販売できるサービスを使ってもいい。
自分でブログを運営し、小さなデジタル商品を作ってみるのも面白い。
ここで経験するのは、単に1,000円を受け取ることではない。
商品を作っても誰も見に来ない。
紹介文を掲載しても反応がない。
値段が高すぎるのか、商品が必要とされていないのか、そもそも存在を知られていないのか。
こうした問題が次々と現れるはずだ。
そして、その原因を一つずつ考えて改善する。
実は、この過程にこそ、営業やマーケティングの基本が詰まっている。
教科書で難しい専門用語を暗記しなくても、なぜ商品が売れないのかを考える中で、その必要性を実感できる。
最初の1,000円を稼ぐまでに何度も失敗するかもしれない。
しかし、会社から振り込まれる1,000円と、自分で初めて作った1,000円では、学べることが違うのだ。
第三の実習:1,000円を5万円、10万円に育てる
1回だけ売れたとしても、それを毎月繰り返せるとは限らない。
ここからが、もう一つの重要な授業になる。
例えば、5,000円の作業を月10件こなせば売上は5万円になる。
では、月20件に増やせば売上10万円になるのだろうか。
計算上はそうだ。
しかし、作業時間が2倍になるなら、それほど簡単な話でもない。
1件に5時間かかる仕事なら、20件で100時間になる。
本業や学業がある人には、かなり大きな負担だろう。
そこで考える。
作業を効率化できないか。
共通する部分をテンプレート化できないか。
1回作ったものを、複数の人に販売できないか。
継続的に依頼してくれる顧客を増やせないか。
こうした工夫を通じて、単に自分の時間を切り売りする状態から、一歩進むことができる。
例えば、毎月5,000円の継続サービスを10人に提供すれば、月5万円の売上になる。
さらに、1,000円のデジタル商品が毎月30本売れ、別の仕事で月7万円の売上があれば、合計10万円になる。
もちろん、その販売数を安定させるのは簡単ではない。
デジタル商品も、作るだけで自然に売れるものではない。
それでも、複数の収入源を組み合わせるという発想を持つことで、働き方の可能性は広がっていく。
1か月の授業にするなら
私なら、この学習を次のような4週間の実践授業にしたい。
1週目:何を誰に売るのか考える
自分ができることを洗い出し、必要としていそうな相手を探す。競合するサービスや相場も調べる。
2週目:実際に商品・サービスを作る
提供内容、価格、作業時間、経費を決める。説明文や販売ページも自分で作る。
3週目:お客さんを探して販売する
実際に告知や提案を行い、反応を記録する。売れなかった場合も、その原因を分析する。
4週目:結果を振り返り、改善する
売上、利益、作業時間、問い合わせ件数を整理して、翌月5万円を目指す改善案を作る。
授業期間中に売上がゼロでも、必ずしも失敗ではない。
何を売ろうとして、誰に届け、なぜ売れなかったのか。
それを自分の言葉で説明できれば、十分に価値のある学習だ。
未成年者が参加する場合は、安全な取引方法、個人情報の扱い、保護者の同意、契約や税金の基礎もセットで教える必要があるだろう。
今ならAIも使える
そして、このような教育は、昔よりも実現しやすくなっていると思う。
理由の一つが、生成AIの登場だ。
かつては、簡単なホームページを作るにも専門知識が必要だった。
商品説明文を考えるのも、画像を作るのも、調査資料をまとめるのも、すべて自力で行う必要があった。
しかし今は、AIを相談相手にしながら商品企画を考え、文章を整え、簡単なプログラムを作り、業務の一部を効率化することができる。
例えば、パソコンが得意ではない人でも、AIと相談しながら小さなサービスを作るところまでは挑戦しやすくなった。
もちろん、AIに頼めば自動的に収入が生まれるわけではない。
情報の正確性を確認することも、品質に責任を持つことも、人間の役割だ。
それでも、かつては複数の専門家が必要だった作業の一部を、個人でも進めやすくなったことは大きい。
起業するには何でも自分でできなければならない、という時代から、必要な知識を学びながら小さく始められる時代に変わりつつある。
これは教育にも取り入れる価値がある変化だろう。
月5万円には、金額以上の意味がある
仮に、会社員として毎月20万円の給与を得ている人がいるとする。
その人が、会社とは無関係に毎月5万円の利益を作れるようになったら、どうなるだろう。
生活に余裕が生まれるのはもちろんだが、それだけではない。
「自分は会社に雇われる以外にも、お金を得る方法を持っている」
この実感は、働くことに対する心理的な安心感につながるかもしれない。
会社の経営が悪化することもあれば、契約が更新されないこともある。人間関係が合わず、辞めたいと思うことだってある。
そんなとき、収入源が勤務先だけなのか、別にもあるのかでは、選択肢が違ってくる。
もちろん月5万円だけで生活できる人は多くないし、副業収入も永遠に続く保証はない。
それでも、自分で売上を作った経験は、次の挑戦の土台になる。
月5万円を達成したら、次は10万円。
場合によっては、会社員を続けながら少しずつ事業を育ててもいい。
逆に、やってみた結果、安定した雇用のほうが自分に向いていると判断してもいい。
大切なのは、両方を知ったうえで選べることだ。
就職活動と同じくらい、自分で稼ぐ練習をしてもいい
日本の学校では、履歴書の書き方や面接の受け方を教える機会がある。
しかし、自分の商品に値段を付ける方法や、最初のお客さんを見つける方法は、ほとんど教わらない。
会社に採用されるための練習には時間をかけるのに、自分で仕事を作るための練習はあまりしない。
私は、このバランスが少し不思議なのだ。
社会全員が起業家になる必要はない。
会社員という働き方にも大きな価値があるし、組織でなければ実現できない仕事も数えきれないほどある。
ただ、会社員になることと、自分で仕事を作ることは、対立するものではない。
両方の能力を持っていてもいいはずだ。
もし学校に「月5万円を自分で稼ぐ方法を考える授業」があったら、子どもたちは何を思いつくだろう。
誰かに物を売ることの難しさを知るかもしれない。
お客さんから感謝される喜びを知るかもしれない。
利益を計算して、思ったより儲からないことに驚くかもしれない。
そして何より、仕事とは誰かから与えられるだけのものではなく、自分で作ることもできるのだと気づくかもしれない。
この発見は、将来の職業選択に大きな影響を与えるように思う。
「どこに就職したいですか?」
それに加えて、もう一つ。
「あなたなら、どうやって月5万円を生み出しますか?」
そんな問いが当たり前になるだけでも、働くことの教育は随分と変わるのではないだろうか。
そしてこれは、子どもだけの授業ではない。
会社員として長く働いてきた大人こそ、一度挑戦してみる価値がある。
まずは月5万円。
誰かに雇ってもらうためではなく、自分で仕事を作るための、小さな実験を始めてみるのも面白いと思う。
